良太さんの、世間に物申す!! 
 黒船屋ホームページの新たな挑戦として、世間に対する思いを一方的に書き下ろします!!金髪だった良太さんも御年40になって、ようやく少し、世間や人間、果ては己は何ぞや?というものが少し見えてきた様な。。
 先に言っておきますが、気分を害する内容もあるかもしれませんが、本気で書いてみようかなと思います。
 
夢へのパラレルワールド

 小学校低学年の頃だったと思う。爺さん婆さんの家に遊びに行くたびに弟を引き連れて行った釣具屋。
大して小遣いも持っていないのだから、そもそも何かを買うつもりはない。

今でいう大型釣り具店でもないし、個人で経営されている規模の釣具屋でもない。

昭和初期の木造家屋の軒先の畳1畳のスペースを仕切り、そこに釣り具が所狭しと並んでいた。左奥には、ハエ取り紙が吊るされた4畳間があって、そこにはボロのちゃぶ台がおいてあった。そこはそのお店の家族が生活している空間で、夏に行けば蚊取り線香や仏壇の線香の匂いしかしないような、よどんだ空間。船長の世界はその生活空間の右にある、たった1畳の中に詰め込まれていた。


 フナやコイを釣る道具、売り物として吊るされたビクや網。ルアーも少し置いてあって、興味津々だった。
ワームなどは昔のワームらしく、妙な匂いというのか、臭い匂いが僕の中でのワームだった。
 その1畳のスペースにお店の爺さんが座って対応してくれる。
コイを釣りたいから針をおくれ!そう言うと爺さんは後ろの棚から取り出してくれるのだ。
 
 今では有り得ない話しだが、小学生低学年でコイやソウギョという巨魚に狂っていた。大池という大きな池でだ。
池の縁は丸太を打ち込んだ素朴な作りで、その丸太の隙間にはタウナギが沢山いた。
巨魚を狙いながら、タウナギも釣りたくなった。
タウナギを釣りたいから針をおくれ!そう言っては通っていた。

あまりに小さく、質素で、素朴で、昭和家屋の裏道の奥にある、誰もそんな釣り具屋さんを知らないだろう。そう思ってきた。

弟と良太さんしか知らない釣り具屋のはずだった。

 先日、ひょんなことからその釣具屋を知っているらしきお客さんと遭遇した。

 記憶をたどって詳細を詰めていくとどうも間違いなさそうだった。

「牧野釣具店」という名前だったそうだ。

「黒船屋」ではなく、僕のパラレルワールドから名前をもらって、「牧野釣船」という名前に変えようかしら。。



 
 
失われた欲望 

 知らない方も多いかと思いますが・・・
良太さん、実は過去10年以上、雑誌に連載ページを持たせてもらっていました。 もう廃刊になってしまいましたが、「ハローフィッシング」と全国誌で今でもバリバリの人気雑誌「ソルトワールド」の2誌に関しては本当に長くお世話になりました。ハローフィッシングに関しては15年間、隔週での原稿を書く生活をしていました。

この2誌、担当の2名の方が良太さんを支えてくださったのは間違いありません。

我々がヨイショしてしまったから良太が変な人生になってしまった!!なんて思わせたくありませんから、冬の収入がない時期は隠れるように様々なアルバイトもしました。意地でも食っていけるようにならなきゃ!!それだけです。

 今ではその生活が懐かしく思え、雑誌の連載が無くなった悲しみもありながら、もう書かなくていいんだ〜という安堵に浮かれた自分が居た事も思い出します。
それからもう何年経ったのだろうか。。「もう書かなくていい」という浮かれた気持ちは消え、最近では「書きたい」という欲求が渦巻いている自分に気付いたのである。
恥ずかしい話し、自分の楽しみは読書であり、もう一つが自分のPC内で小説めいた事を猛然と書き殴る自分が居る。とても人様どころか誰にも見せられないけれど、「書きたい」という欲求を発散するには丁度いいのである。

 もう書きたくない!!と思ったのに、何年も時を経て、書きたいに変わる。なんとも不思議です。

一方、つくづく思うのは先にも書いたお世話になった2名の方々です。書く事を仕事として、ずっと書いているんですから、プロというしか他なりません。
 僕の書きたいという欲求は「遊びの範疇」。
今、僕が書いているものと言えば、生まれ故郷の地元新聞の月イチのコラムを持たせてもらっているだけなんですから。。

でも、書きたいんだなぁ。。

2名のプロの大先輩方から見たら、笑われてしまいますが、「良太さんの世間に物申す!」書きまくりますよ〜!!
 
 釣りの世界の不思議

長い事釣りをしている良太さんですが、未だに分からない問題があります。釣りばかりをやり続けて35年になります。それも、月に1度という程度の遊びではなく、ほぼ毎日釣りに関する事をやってきて、それでも分かりません。

例えばサーフィン。良太さんはやった事がありませんが、大好きなスポーツの一つです。カッコイイのもありますが、それよりも、サーフィンという遊び(スポーツ)のルールが好き。沢山のサーファーが波間に浮かんでいます。大きな波が来ました。みんな波に乗ろうと頑張ります、一つの波に3人4人と乗っているのを見たことがありますか?無いでしょう?これは、サーファーのルールというのがあって、一波一人しか原則として乗れないからです。
 つまり大勢がいる場所で初心者が波を待っていても、絶対に乗れない。上手な人がサッと乗ってしまうから。

山ではすれ違う人に挨拶するのがルールです。ま、富士山みたいに次から次へと擦れ違うんじゃ挨拶もしてられないでしょうが。。。

サーフィンも登山も毎年、事故が起きます。自然の中での遊びだから、遊園地のように無事故は無理。

釣りも一緒です。遊園地じゃないんだから、事故をゼロにするのは事実、絶対に無理。
 どうしても潜在的な危険に遭遇する可能性は排除できないんです。
サーファーが鮫に襲われるなんてその良い例です。

では、サーファーが波にさらわれて流されちゃうというのはどうか?釣り人が船から落ちちゃうというのはどうか?登山で滑って滑落しちゃうというのはどうか?

これは厳しい言い方ですが、不注意というしかない。

サーファーも登山者も、そういう不注意による事故というのはみんな認識していて、無いように努力するんです。潜在的には自分が遭遇するという確率があると知りながら、遊びに興じるている。

サーファーに救命胴衣を義務付けないのはなぜ?人間とサーフボードを繋ぐリーシュコードがあるから?あれは大事な時に限って切れると聞きます。
登山者全員に自己発信機を義務付けないのはなぜ?発信機があれば、捜索を何日もやる必要はなくなります。

釣りだけは陸から釣りをする時ですら救命胴衣の着用を勧められ、船等の浮かんだ物に乗る時は今や義務です。
もちろん、安全に関する事ですから異議がある訳じゃないんです。なんで釣りだけそうなるのかな〜っと。


何故なんだ??
 
 良太さんが一番怖いのは、救命胴衣を着た事による安心感からの慢心です。
自然相手に慢心が一番の凶器である事は疑いようのない事実。

ヘルメットを着用したからと言って、道に飛び出せば死にます。

 昔、少年の時に、「あそこの池はすり鉢状になってるから、ちょっと滑ったら這い上がれない。死ぬぞ」と言われ、その池は特に気を付けて釣りをしたもの。

 最近の釣りを見ていると、事故は自分には起きない、起きても大丈夫。そんな空気を感じます。

 
 
 アメフト事件の記者会見

超長い記者会見でした。
司会の人が「もう終わり!!質問打ち切り!!」と言っても記者が納得いかず、終わらない。挙句は「司会さん黙ってろよ!」なんて感じ。
それが何度も!! 相当、みんな納得いかないんだなっと感じました。

5月23日の記者会見、見ましたか?
コーチと言い、監督と言い、何たるか、まったくもって堂々としておらず、矛盾している回答ばかり。

これじゃ、イジメた側の少年が言い訳で、「イジメじゃないです、本当はあの子と仲良くしたかったんです!」と言ってるようなもの。

 全て上目目線で、「彼は凄い奴だ、期待してた、、、」 何言ってんの?

コーチに関してはもうビビりまくりの支離滅裂な回答。中でも、自分の進退に関しては最後の最後になるまで明言せず。呆れちゃう。

宮川選手の嘘のない堂々としたスッキリした回答と比べると、自分を守るために嘘に嘘を塗って、途中なんかは回答がおかしくなっちゃって・・・。

 本質は「一回目の異常な違反プレーでコーチが止めなかった事」

これが全てを物語っているでしょう。 コーチはヤバい事をすると容認していたんですから、これに尽きる。

 
 
  日大と関学大のアメフト事件。

日大のDLが関学大のQBに対して、明らかな違反行為が行われたこの事件。
 ボールを手放し、何もしていない所へ後ろから猛烈なアタックというこの違反行為によって関学大の選手は全治3週間の大けがを負った。

当初、良太さんは事件を知った直後、「何か個人的な恨み辛みがあったのだろうか?」と思いながら、それにしても・・・。と思った次第だ。

 それが日が経つにつれ、各メディアでは日大の内田正人監督の指示によって行われた蛮行であるのではないか?と報道され始めた。
もし、そのような事が事実であれば、これは状況が変わってくる。
 そもそも上司と部下という類において、社会人であれば上司に意見を述べるという事が恐れ多くて出来ないという人も多いはず(情けないネとは思うけど)。

それが今回は20歳そこそこの若者と、ブルドックの様な顔した60過ぎの怖い監督だ。
若者は選手として夢を一直線に追っているものだし、夢や目標が果たせるなら、どんなことだってやってしまうくらいの勢いがあるだろう。信頼する監督に言われた事は正しいものだ、と半ば洗脳されてしまうのも良く分かる。

 「相手のQBを潰せ」と言われ、出来ませんと言えばクビ。20歳そこそこの若者だったら信頼する監督の指示に疑念があったとしてもやるだろう。

 そして事件になった。

事件直後、日大のDL選手は控え室で声もはばからず泣いていたというじゃないか。疑念よりも、自分の一直線に追いかけるものを優先した負い目に襲われていたんだろう。
 
 事件の真相は監督と、今や加害選手となった日大のDL選手しか知らない。

 日大の一回目の説明はお粗末な程で、2回目の説明では監督が出てきたが、「私の責任です」を繰り返すのみで、違反行為を強要したのか、指示したのか、という事には一切触れずに「私の責任です」で終わってしまったのを見て、良太さんは確信したよ。
 主犯はコイツじゃないかよ!って。 まるで最近の言葉巧みに明言を避けて通ろうとする政治そのもの。
良太さんが政治に興味なくしたのも政治家が単なる狡賢いタヌキだと感じる事ばかりだからだ。

 信頼する監督を信じてやったのに、結果的にはノラリクラリと明言を避けて逃げ切った情けない監督の姿を日大の選手は見たはずだ。
そして、想像できないような落胆をしたはずだ。
 「僕の信じてきた監督は何なんだって。」

20歳そこそこの若者はこれ以上、老練のボスには何も言えまい。

 と、まあ、ここで終われば世の中の良くある桔梗屋と民衆の悲劇の物語であるが、良太さんが「物申す!」を立ち上げるキッカケになったのはこの直後の加害選手の行動だった。

 
 なんと、20歳そこそこの加害選手が実名顔出しで記者会見に挑んだのである。

 世の中からは卑怯な違反行為をして、相手に大けがをさせたと認識されている選手である。

良太さん、率直に思った。「やりおったな!!」

凄い奴だと思った。そして堂々とした会見だった。とても真似できない様な姿勢だった。

 そして「監督の指示であった事、やらなければクビと脅された事、この会見も止めろと言われた事」全てを正直に告白したのである。

彼の名前は日大DL宮川泰介選手(20)。

 自分の顔や名前が世間に晒し者になったとしても、許せない思いに決着を付けたかったのだろう。

実際、こういう状況の時に、こういう行動をとれる人間は少ない。ま、様々な経験をし、辛苦を体験した老練な人間であれば出来るであろうが、何度も言うが20歳そこそこの若者である。良い言い方をすれば、何でも呑み込める年頃。悪い言い方をすれば、異を異と言えない年頃だ。ま、幾つになってもトラブルを広げたくない思いで、異を異と言えない人も居て、こいつはどうか・・・。という人も居るが。。


会見を聞いて、とてもスッキリした。
嘘のない話しというのはスッキリしている。彼に嘘はないだろう。

正直に話した。そして、このスポーツを辞めると言った。
どこかのアイドルグループのメンバーは「戻れる席があるなら戻りたい」という甘えた考えをしていた一方、この宮川選手の行動と言動は日本人の鏡だと思うのである。

宮川選手の勇気をどこかで感じた事があった。

パラオ諸島のペリリュー島や、トラック諸島のモエン島で釣りをした時、日本軍の戦艦やゼロ戦が沈んでいた。激戦地である。当時、現地で上官の指示で戦っていたのは紛れもない20歳そこそこの若者であり、残された手紙の内容に感動した。こんな手紙が書けるのかと。
山口県の徳山駅で掲示してあった手紙。それは人間魚雷「回天」の実験基地があった徳山に残された若者の手紙であった。
 気持ちに嘘のない、気持ちのこもった手紙であった。
すべて上官を信じて散っていった人達である。
その時、異を唱えれば「反逆者」であり、憲兵に酷い目に遭わされていただろう。

しかし、もし、本音を許されるなら、彼らはなんと言っただろうか。

宮川選手の勇気を見て、本当に男らしさを感じ、今の日本を思うのである。

こういう事を忘れて、汚い大人になっちゃいけない。そう思い続けたい。そういう仲間がもっともっと集まりますように。  2018.5.22