良太さんの、世間に物申す!! 
 黒船屋ホームページの新たな挑戦として、世間に対する思いを一方的に書き下ろします!!金髪だった良太さんも御年40になって、ようやく少し、世間や人間、果ては己は何ぞや?というものが少し見えてきた様な。。
 先に言っておきますが、気分を害する内容もあるかもしれませんが、本気で書いてみようかなと思います。
 
 

良太の物申すのコーナー、お客さんからの反応の良さに驚いています。

みなさんにどんどん更新してよ!と言われますが、そんなに申し上げる事ないし!!

と言いつつも、そうやって言われたら嬉しいものです。

 

ウチの貸し道具、とても安い製品をレンタルタックルとして貸し出しています。竿が2000円 リール5000円 仕掛けルアー300円で仕入れたという格安品です。

 

「そんな低い性能のタックルをレンタルで出すのか!」と言う方も居るでしょう。中にはお客をバカにしていると思う方も居るかもしれません。

 

でも僕はお客さんをバカにしていません。常に「釣って欲しい」という思いの塊です。釣れるという事に対しては誰よりも全力だし、本気です。

 

 

僕の感覚でお客さんをバカにするという定義が何なのだ?と考えると「釣れるか分からない釣りを釣れるか分からない釣り場に案内して後は知らん顔」する事でしょうか。。

 

でも僕は「魚を釣りたいんだ!」という思いさえあれば初心者さんでも暖かく迎え入れたいと思っているし、何とか釣ってもらいたいと本気で思う。

 

もっと言ってしまえば「自前タックルの経験のある人達より釣るくらいの気持ちで出船だ!初心者頑張れ!!」なんて思うくらいに初心者さんに対しては全力で向き合う優しい船長なのです。

 

ま、一方で、後もう一歩なのに!というセミプロレベルのお客さんには伝わらない思いがガ〜!!と炸裂してしまう事がありますが、、、汗。

 

で、何故格安のレンタルタックルなのか?と言われたら理由は2つあります。

1つは釣りに慣れない初心者さんは失敗も多い。道具を海に落としてしまう事も有り得る。そんな時、僕は初心者さんに「気にするな!そんな事よりも次回、またおいでよ!」と言いたいのです。

初心者さんからの視点で見たら、高級な釣り具も格安の釣り具も差は分からない。万が一、貸してくれた道具が高級で、そんな高級な道具を海に落としてしまって帰港時に高額な請求をされたとしたらどうだろう。そんな可哀想な話しはないじゃないか。と思うのです。

ちなみに高級な道具をレンタルさせて海に落とされちゃっても「気にするな!また次回もおいでよ!」と言える程の甲斐性が僕には無いし。。

 

そしてもう一つの理由、それはとても単純。

 

料理対決!!

料理の素人が使う高級包丁とプロが使う100均の包丁で料理対決!!

どっちが美味しい料理を作れるのか?

 

ゴルフ対決!!

高級クラブを使う初心者と粗悪品と酷評を受けたレベルのクラブを使うタイガーウッズで勝負!!

どっちが勝つだろうか?

 

そういう事。

 

初心者さんは高級も格安も知ったこっちゃない。もっと言ってしまえば釣り方すらも「知ったこっちゃない」。

全ては船長の言う事が全てという世界になるのですから、僕のアドバイスやお手伝いが適切かどうか?で釣果が決まる。僕はそこの点には自信がある。

「釣れる魚を釣れる釣り場で釣れるまでちゃんとアドバイスする」

だから僕の船でレンタルの初心者さんが寂しい思いをした、という事はホント、少ない。

 

自前のタックルで釣りに来るお客さんは自分で考えて釣りをしたいという「初心者から1つ2つ3つステップアップ」した方々だから僕も出来る限り黙っている(これが中々難しい、釣って欲しい気持ちが抑えられない)つもり。

 

自前のタックルの人でも本当は「教えてくれ〜!」と思っている人も居るかもしれない。でも僕から見たらみんな上等な道具でシャキッと釣りしてるから見分けが付かない。そういう意味では難しいなぁっていつも思う。

黒船大学夜間2時間講習、月2回コース!初回のお題は「本当に釣りたいのならば○○○しなさい」とか。。開きたいくらい。

 

高い道具は性能が高いのか?と聞かれればYES!と答えるけれど、それを使えば素人がプロに勝るほどの性能なのか?と言えば絶対にNOだ。

そこをみんな勘違いしているケースが多い。

高い道具を使えば釣れるなら、金持ちは全員釣れるし、庶民は釣れないという事になる。

 

黒船大学!!(笑) 生徒候補生

10名集まったら開催!!(笑)。

 

 

 
 
共通点

僕は20代半ば頃から自分の考え方の特異性に気が付いていた。

魚を生物として考える一方、犬も猿も熊といった動物も人間との共通点があるという事を無意識に考えている自分が居た事だ。

「目があって、口があって、耳がある・・」というような共通点ではない。

 

僕達、釣り人はいつも自分中心の考えをしてしまう。

アタリが朝から無いと、「魚だって生きているんだから一日中、餌を食わない訳がないだろう?」っていうけれど、人間は実際、一日中、食事をしたくない時は間々ある。

体調が悪い時は3日くらい食欲が無いのは当たり前だし、精神的に追い詰められた状況に遭遇しても3日くらいは食事が喉を通らない事くらい、少し長く生きていればみんな経験するだろう。

つまり、魚と人間は全く違う生き物だけれど、食欲という欲求を本能的に持った生き物という共通点だけで考えれば、原因は人間のそれとは違ったとしても、「食欲のない日」というのは必ずあるはずなのだ。

僕のいう、動物や生物との共通点というのはそういった物の見方である。

 

少し前に、とある俳優が自分の息子は自分に似ていない、自分の子では無いのでは?と疑い、DNA検査をして実子では無いという事実を知る事となった。

女優である母親は「いいえ、アナタ(俳優)の子です」と言っているが、化学検査の結果が真実だと言う人は多い。僕も化学検査の真実性は強いと思っている。

そこで、世論の多くは「実子じゃなかったなんて俳優が可哀想だ。」とか、「実子じゃないのに実子だと嘘を付いている女優は悪女だ。」とか言っている。

 

僕にはそれの意味が分からない。実子を証明する必要性がどこにあるのか?

子供が生まれてきて、父さんと言うならば、それで良いのではないか?わざわざ調べて何の得が誰にあると言うのだろうか?と思えるのである。

確かにその事実はショッキングだと思うけれど、父親と母親の問題であって、子には何の罪もない。

 

でも、世論の多くは僕の考え方とは違う。実子にこだわるのだ。

しかし、そういう実子にこだわる事は本能の一部でもある事が動物界を見ると読み取れる。

熊はメスが連れ育てている子供を見つけると総じて殺してしまうし、ライオンもそうであるし、可愛いペンギンでもそうである。

 

人間はどうか?

今、ニュースでは毎日のように「子供を虐待した」という事件が取り上げられている。

実子に対する虐待というのもあるけれど、圧倒的に被害が多いのはどちらかの伴侶の連れ子である場合が多い。

 

DNA検査を受けてまで実子かどうかを調べる事と、実子では無い子を虐待する事、それは僕から見て、共通点の一つなのである。

DNA検査を支持し、俳優を擁護する多くの人は「実子では無い子を育てるなんて無理」といった本心をカミングアウトしているようなものだし、ひよっとしたら「虐待してしまう気持ちが分かる人」なのかもしれないと僕は思えてしまう。

虐待傾向のある人は「実子にこだわり、実子以外を嫌悪する本能が強い人」である。

実子にこだわる本能が悪いのかどうかは僕には分からない。

けれど、そういう倫理が支持される内は虐待はなくならないと断言できる。

 

釣り人の多くから僕は「何故、新しい釣りを見つけたり、色んな魚を器用に釣る事ができるのか?」と聞かれるけれど、僕だって分からない。

でも、僕は魚に向かい合う時、一つだけ自分に忠告している事がある。

「常に魚に合わせ、自分の都合は全て切り捨てて考える」という事。

釣れない人の多くは「魚を自分に合わせようと考え、自分の都合で釣りをしようとする」。

自分の都合で釣りをするのが悪いかどうかは僕には分からない。

けれど、そういう方向性が支持される内は満足に魚を釣る事はできないと断言できる。

 

それが本質だと僕は思う。

 

 
 生物の行動原理
僕達「人間」には行動する為の理由がある。何の理由も無しにフラフラしてるのは徘徊だけで、フラフラしている不審者でさえ「何か悪い事をする」理由を持っている。
イノシシが山を無闇に動き回るのかと言えばNOだ。彼らは彼らなりの理由があって行動している。それをどこまで理解できるのか?によって気配のある場所に辿り付けるし、イノシシ猟が成立する。なんとなく山に入って何となく歩いてみた・・だけでは何も得られないだろう。

なんとなく海に出てみた・・・だけでは何も得られないのと一緒だ。

○○にイノシシはいるよ!と聞いて出かけても、その情報をくれた人が先に山に入って、イノシシを警戒させてしまっているわけだから、聞いてから行っても出会える可能性は低い。

警戒したイノシシはいつもと同じ行動をしなくなるから、聞いてから出掛けた人は通常のイノシシの行動を知る術がない。

最初に山に入った人は、イノシシも警戒していないから、通常の行動を把握出来るし、その行動原理に沿って罠を掛ければイノシシはすんなり罠に掛かる。
たとえ、他の誰かが山に入ってイノシシを警戒させてしまったとしても、通常の行動原理を知っているから、そこに罠を掛けておけば、警戒心が薄れたタイミングですんなり罠に掛かるのだ。
通常の行動原理を知らなければ、無闇に罠を掛け、どれかに掛かればラッキーだという博打になってしまう。

今から20年も昔、僕はクロダイをポッパーで水面まで誘き寄せて食いつかせて釣るという方法を見つけた。
徹底的に開拓して、警戒していないクロダイの行動原理をとことん吸収した。


例えば、この場所にクロダイの群れが入ったら次はあそこで回遊し、雨が降って濁りが出ればここまで下がってくる、でも、濁っているから下がって来た魚がポッパーに出る事はない。常に居着いている場所はここで、プレッシャーが入るととなりの深みに沈んでしまうが、夕方には元の浅場に戻る。簡単に言えばそういった内容だ。

だから、今、ポッパーでクロダイを釣ろうとする多くの人は行動の基本原理を把握できないから、ポッパーを延々と投げ倒している。
イノシシの罠を無闇に掛けるのと一緒なのだ。

でも、僕の場合、最初に山に入ったケースと同様に、警戒していない魚の基本原理を把握しているから、ポッパーでクロダイを釣りたいと言われれば、その行動原理にそって釣りをしていくから毎年難なく釣れるし、もっと言ってしまえば、あと3投後に出て来ますよ!と申告する事もできる。一緒に行った人からしたらスゲー!何で分かったの?っとなるんだけれど、行動原理というのはそのくらい大事なのだ。。

きっとイノシシの罠を仕掛けるプロも同じだと思う。「明日は掛からない。明後日の雨が降ったら、明々後日の朝には罠に掛かっているぞ。」と言えるくらいの行動原理把握はしているはずだ。

では、本当の行動原理を把握したいという場合、どうしたら良いのか?


誰もやっていない発想と行動で新たな釣りを見つけることである。誰も知らない事をあなたが見つける事が出来れば、あなたが見ている世界はあなたにしか分からず、あなたを真似する人が現れても既にあなたがポイントに対してプレッシャーを掛けているので、決してあなたの得た本当の魚の行動原理を超える事は出来ないのである。
それが開拓する側の財産なのだ。


そこまで頑張ったとしても、魚はプレッシャーや自然条件で時としてイレギュラーな行動をし、僕があまり釣れず、投げ倒していた初心者の方が釣っちゃってた!というケースもあるから釣りは本当に難しい。でも、1年のトータルで考えたら、行動原理を把握している人は圧倒的に有利なのは間違いない。
 



釣りには交通事故がある。

俗に言う「マグレ」がその類であろうか。予想もしていなかった魚が掛かれば焦るし狼狽してしまう。僕も若かりし頃は交通事故を何度か起こしてしまったし、その時は焦り狼狽した。
でも、僕は魚釣りで焦ったり狼狽する事はない。つまり、色んな可能性を予想しているし、釣りをしている途中ですらその予想を修正しているからだ。



ハゼ釣りをしている時でさえ、クロダイのような大物が近くを通ったらひょっとしたら食いついてしまうかもしれない。という可能性が頭の中にはある。

だからハゼ釣りをしている最中に大物が掛かっても焦ったり狼狽するより先に、「あぁクロダイ掛かっちゃったかなぁ」と思えるから打つ手が思い付くけれど、そういった予測をしていないと、掛かったのはクロダイなのに、「クジラでも掛かったのか?」っという頭になってしまい焦るし狼狽してしまう。



大物が掛かった時の絶対的な鉄則は「慌てない事」だから、出来る限りの可能性を頭の隅っこに入れておいた方がいいというのはその為なのだ。
自分が釣りをする時、どんな魚が居る可能性があって、どんな魚が掛かってしまう可能性があるかを予測しておくべきである。



しかし、そういった予測していない不意の大物ヒットは嬉しいものだし、願ったり叶ったりな一日になるんだけれど、絶対に嫌だなぁという交通事故もある。。
例えばサビキ釣りでサバが5匹も6匹も掛かってしまって、全てを船内に入れてしまうと仕掛けがグチャグチャになると言って、船の下でグルグル泳がせている間に、上に掛かったサバから徐々に針を外して取り込んでいた。


そこに2メートルくらいのサメが来たのである。船の下で取り込み待ちのサバがグルグル泳いでいるのだから、「サメ誘き寄せ装置」みたなものなのだ。
その時は危うく食いつかれずに済んだけれど、もし食いついていたらと思うとゾッとする。


そういった交通事故も海では起こり得るから注意が必要で、最近、特に怖いなあと思う事故の可能性。

それは根掛りしたラインを切ろうと、PEラインを手に巻いて引っ張って切ろうとする行為だ。

これはとても危険。よくある事であり、一番危険な行為です。万が一、それが根掛ではなくて、魔物が掛かっていたら海に引きずり込まれてしまうし、万が一、手に巻いた時に船のスクリューがラインを拾ってしまったら手が100パーセント切断になります。


根掛りしても絶対にラインを手に巻かないでください。
切れない時は船長に言ってください。簡単に思い切り引っ張って切ってみせます。




昔、船長は大物の魚を取り込む時、魚が大暴れをして指にラインが絡みつき、大怪我をした事があります。
痛みを我慢して緊急で陸に戻ったものの、途中で失神。。。。その時に乗っていたのは古くからの友人ですが、今でもその話しになるとゾッとします。
そしてお客さんじゃなくて良かったと思うのです。

病院まで何時間も掛かる場所での怪我は焦ります。みなさんが釣りに行く場所はそういう場所である事も意識しておいてください。

船長は常に事故が起きないよう、起きた場合の対処を常にイメージしていますが、みなさんの協力も必要です。
さあ、明日からも魚を追いかけるぞ!!

 
 大切ものは何なのか?

12月に入ってお客様数名から、「船長!シケで暇なんでしょ!世間に物申すのコーナー更新してよ!」という話しを頂いた。

俺は暇じゃあ無い!!笑。

自営業というのはサボろうと思えば幾らでもサボれる反面、やろうと思えばやる事は山ほどあるのだと、40歳を目前にして気付いた大ばか者が僕なのだ。

だから、俺は暇じゃあ無い!!笑。

 

今、僕が全く記事を書いていないのか?と言えばそうでもない。

記事は本一冊になるほど書き溜めていて、そのほとんどが釣りに関する事で、そのほとんどが凄い秘密ばかりだ。

理由は簡単だ。

僕がどうしても金欠で、死にそうになったら、「黒船屋の虎の巻」として超高額で販売して金欠を乗り切ろうと企てているのだ(笑)。

読んだ人は間違いなく見える世界が変わる。

近々、信頼できる後輩にちょっとだけ読んでもらおうかと思う。

僕は沢山の本を読んでいる方だけど、僕が今、書いている内容に似た記事を目にしたことがない。

その中のお題「魚は気持ちを持っているのか?」とか、「魚は産まれた瞬間から実親を知らない」とか、「釣りが上手になれない究極の理由」とか、「時速300キロでルアーを引っ張ったら?」とか、「魚の頭は本当に賢いのか?」などをメッチャ真面目に書いているのだ。



だからこの、「世間に物申す」は僕にとっては本当の暇つぶし。。

 

お笑いの「とろサーモン」と、もう一組のなんとかが、お笑いの登竜門「M−1」の審査員の上沼恵美子を侮辱している動画をユーチューブにアップしたとかで世間が騒いでいる。

僕には何故そんなに世間が騒ぎ立てるのか、理解できない。

芸能界の大御所までがメディア上で騒いでいる。

 

僕にとって、これは気味が悪い。すごい違和感。

 

なぜなら、こんなに騒ぐ事ではないからだ。だってお笑いという僕らにとって関係のない世界の人間が、その審査をしている人をババア扱いしたというくらいでしょ。

それが動画という形で世間に出ちゃった!というだけの事じゃん。

 

だったら本人同士というか、その世界の中だけでやりあったら良い事なんだよ。

それをわざわざ騒ぎ立てて、何がしたいの?何か得はあるの?って思うんだよ僕は。

 

 「こんな侮辱する動画を世に出しやがって!」って腹が立つのは良く分かる。

だったら内々で「とろサーモンを潰す!」ってやればいいだけ。

 

僕だって仕事上で頭に来た事は一度や二度じゃない。

そのたびに当事者と直接会ったり話して来た。でも、そういう事をホームページとかブログで書く事ではない。なぜなら、真剣にやっている上での出来事であり、それを騒ぎ立てても、中途半端が面白がるだけで、実際は誰も得しないからだ。

真剣にやっているんだったら騒ぎ立てる必要はない。

粛々とその問題に対して立ち向かえば良いだけなのだ。

騒ぎ立てようとする者は卑しい魂胆があるから騒ぎたくなるのだろう。

 

それを一般の僕らに報告するかのように騒ぐ今の芸能界が気味悪い。要は、上下関係に厳しい世界ですから、逆らったら吊るすぞ!という広告宣伝に見えてしまう。

 

仮に僕が「アニサキス笑」って名前のお笑いでデビューしたらだよ、こういうの見せつけられたら言いたい事も言えないもんな。

そういう世界にしたら面白くない。

僕は立川談志が好きで色んな落語や噺しを聞いたけど、師匠やライバルの悪口を笑いのネタにしちゃったりなんて朝飯前。聞いてるこっちが「え?大丈夫なの?」って思っちゃう中で笑いを作り出す。

それが大々的にご法度です!って若いお笑いの子達に御触れを出したようなもんなんだよ、これ。

言った方も開き直って「納得できない審査員の事を悪く言って何が悪いんだ!」って徹底的にやればいいのに、酔っぱらった勢いの遠吠えだったのか、謝る事に終始。

だったら最初から言うな、って話しになっちゃう。

 

だからこの先、お笑いの世界は先輩の顔色伺うような奴ばかりで、本音を言える奴が居なくなっちゃうな。

企業でもそうだと思うんだけど、顔色伺うような人ばかりにしちゃうと足を引っ張り合うだけで、進化しなくなっちゃうと思うんだよね。

釣りでも一緒だよ。

真似しかしない人ばかりだと、足を引っ張り合うだけになる。
自分に自信のないプレジャーボートは止まっている船を見つけると近づいてみたくなる。それが重なって、「釣れてもいないのに船団になる」という珍現象が起こる。

 


フライデーに殴り込みの襲撃をしたお笑いの人間、知ってますか?

週刊誌がふざけた事を書きやがった!ってキレたのは、ビートたけし、元宮崎県知事のそのまんま東達が突撃したんだよ。まさに顔色なんてどうでもいいって勢い。今の世の中なら完全に芸能界から追放されてるはず。

でも、そういう事をやっちゃったような人が結局は芸能界の第一線で残ってる。

そういう事をしちゃっても許す余裕が芸能界にはあったって証拠でもあるね。

 

でも、今は、先輩の悪口言っただけで追放だって騒ぎ立てちゃう所を見ると、寛容であるはずの芸能界すらも余裕が無くなってるんだなぁって思う。。

 

一般の会社でも「飲酒運転はクビ」「事故もクビ」「犯罪はもちろんクビ」って言うけど、

自宅で飲んでる最中に身内が危篤だって聞いたら、慌てて病院に向けて車に飛び乗っちゃうだろう、自分の子供に危害を加えた相手が居たらやっつけちゃうだろう。

それで警察に捕まって飲酒だ暴行だってなったら会社クビになるのか?

なるんだろうな。そんな会社、糞くらえだ。笑。

 

YESマンだらけにして、上司に絶対服従させといてだよ、それが会社だって思ってると、AIという超優秀で、君たちより安い賃金で確実な仕事をしてくれるロボットが明日から仕事をしますから、君たちは要りません!って言われちゃうかもしれない。

 

 みんなそういう不穏な時代を生きてるのは間違いない。

 

だからこそ、黒船屋は最後のフロンティアでありたいんだ。

 

初心者も常連も心の底から寛容で、日常を忘れてしまう時間にして欲しいんだ。

 

「誰も考えない方法で、僕らしいやり方で魚は探すから、そういう黒船屋オリジナルで、黒船屋の世界でさ、それでいて、みんなに自由に釣りしていいよ!釣れるなら方法は問わないよ!色々試してごらんよ!って。」それが本来の釣りだと信じてるし、日常の制約だらけの世界とは違う世界になれると思うんだよ。

そういう中で、釣れる方法を見つけた瞬間から全員で釣り方統一して一斉に爆撃する。そして結果に笑う。それが理想だなあ。

来年もみなさん、最後のフロンティアに遊びに来てね!笑。ありがとう!

 

 

 
史上最強PEラインというのが出たらあなたは幾らまでお金を出しますか?


ある日、後輩に代理で某釣り具屋にて、PEラインを買って来てもらうようにお願いした。

指定したのは号数だけ。価格は許容範囲程度にしか伝えず。

その後輩はずっと僕をみてきているから、信頼できそうなメーカーの物を選んでくるはずだという期待値もあり、そういう頼み方になった。

まあ、もっと簡単に言えば、「分かる奴にいちいちメーカーから商品名からとゴチャゴチャ言いたくない。」なぜならば、PEラインで釣果に差が出るのかと言ったら、そんなもん、無いに決まっているんだから。

「無いの?」って驚いた人にハッキリと言ってあげます。「無い!!(笑)」

 それが現場の本当の声というもの。

釣具屋さんからしたら、「朝倉さん!そんな事はありませんよ!!」と言われてしまいそうだけど、PEはこの10数年で本当にホントーに進歩した。もう、驚いちゃうくらいに。

でも、それを理解している人は実はとても少ない。


 PEが出始めた頃、今から20数年前、○パイ○ーワ○ヤー等のラインは強かったが、まったく使い物にならなかった。製品ムラもそうだが、ノット部も猛烈に弱く、摩耗性も今では考えられないくらいに脆弱だった。キャストするともれなく切れてくれる。

「PE=簡単に切れる」が当たり前だったのだ。

だから、釣り具業界の中でも「PEってどうなの?」という探り探りの雰囲気が何年も続いていたし、現にそれだけクレームも多かったのだと思う。

でも、徐々にそんなPEも製造技術が安定してきて、2000年に入る頃にはPEを疑う声は減っていた気がする。それからざっと20年が経った。この20年、ずっと進化してきたけれど、PEの実用性という面ではもう15年も前に出来上がっているわけ。

「釣りに使うPEラインはもう出来上がっている」のだ。

それを知らない人が4本撚りだ、8本撚りだと騒いで踊りまくる。それが今の構図。

撚らないで作ったPEラインが実際にあった事も知らない。

だから4本撚りは弱くて8本撚りは強いだとか、そういうアテのない話しに夢中になってしまう。

PEラインが実用性として十分に達していると分かっている人からすると、そういう騒いで踊ってというのは哀れに見えてしまう。

 

 ここで教えよう。釣りで一番大切なのは、「自分の使う道具の弱さを分かっているか?」という部分なのだ。

人間と一緒なんだよ。自分の弱さを知っている奴が実際は一番強い。

それを分かってない奴は絶対にどっかで痛い目に遭っちゃう。

PEも同じなんだ。

 

「強い」と言われるPEを使ったとしても、切ろうと思えば絶対に切れるし、「弱い」と言われるPEを使ったとしても、切ろうと思えば絶対に切れる。

要は、どんなPEを使ったとしても、絶対に切れるのだ。そこは変わらない。

では、何が違うのか?と言えば、弱いと言われるPEより負荷的、摩擦的に強いというのが「強いPE」と言うだけであって、切れないわけではない。そこが重要。

 

では、僕の言う、本当に強いPEとは何なのか?と言うと「切れる瞬間の一歩手前を把握している人が使っているPE」という事になるのだ。

 
PEの素材的、製造法的、そんなものはどうでもいいのだ。


どれだけ強いPEでも、切れる限界を知らなければ、いざ勝負!という場面でギリギリの攻防は出来ない。切れてしまうかも・・という不安に襲われるし、強いPEだからまだ大丈夫!なんて調子に乗ると切れる。

 

だったら、弱いと言われるPEを使ってはいるが、切れる限界を理解している人の方がずっと強い。なぜならば、切れる限界までは勝負するけど、切れたら元も子もないからそれ以上はドラグを出して力を逃がせる。

 

だから4本撚りだ、8本撚りだ!って言ってる人を見ると、「何を分かってるのかな?」と思えてしまうのだ。

 

話しを元に戻そう!その後輩が「安いPEにすると4本撚りなんですよ・・」と暗に「安くて弱いPE買うんですか?」というニュアンスで僕に言って来た。

 

ヨクボクニイエマシタ♪

 

50本撚りとか、史上最強PEとかいう触れ込みでPEが出たらスゲー高くても飛びついちゃうな。

で、一投目で根掛りしちゃって、切れちゃうんだよ。だって糸は絶対に切れるんだから!!

 

PS,メバル等の繊細な釣りや飛距離を出したい等の特殊な釣りにおいてはPEの製法による差は歴然と出る場合がありますが、それでも、その差は初心者と玄人との技術の差よりは小さい事も加えて記します。

 
 

釣り竿に明記されている使用範囲数値(スペック)は守らないとどうなるか?

 

良く聞く釣りの会話の中に、MAX60グラムのキャスティングロッドだから80グラムは投げられないという話しを聞く。ホンマか!!!?

 

 よーく考えて欲しい。60グラムのルアーなら投げられるというが、そこにトリプルフック2個、スプリットリング2個を付けたら悠に20グラムは追加する事になる。合計80グラムの重さになっている事を気付いているだろうか?

みんなそれを平気で60グラムのルアーだと言って投げている。

 

マダイ釣りの餌竿、MAX60号のオモリという表記があるとする。

でも、オモリ以外にコマセカゴ、天秤、そしてたっぷりのコマセを取り付けるわけだ。

 

ジギングロッドでMAX150グラムだから200グラムは使えないという。ホンマか!!? 針を前後に取り付けたら200グラム近くなっているゾ!!

 

キャスティングロッドでもマダイ釣り竿でもジギングロッドでも1キロ以上の魚を釣り上げる事は余裕でしょ?

 

 キャスティングロッドはキャストという瞬間的な力が掛かってしまうので1キロは無理だとしても、マダイ釣り竿やジギングロッドでなら、1キロのオモリや1キロのジグは使えない事は無い。という事だ。使いにくいよ、というだけなのである。

 

メバルを釣るMAX5グラムのロッドでルアーを投げる。でもたまに1キロを超えるシーバスが掛かってしまう。でも上手にやれば釣り上げられる。MAX5グラムの竿で上限を200倍超える魚を釣り上げる事が出来るのである。

 

では、なぜMAXウェイトの表示があるのか?

 

答えは簡単。書いておかないとその釣り竿を使えない人が多いから。ただそれだけなのである。  

 

MAX150グラムと書いておけばそれ以下のジグを使って釣りをする事はできるからだ。

 

でも、玄人になればなるほど、竿の表示なんて一切見ない事が多い。竿を持ってみて、少し曲げてみて、負荷を掛けてみて、「ああ、これならアレに使えるなあ」とイメージだけで買うものである。

仮に表示を見ても「この竿、MAX60グラム〜?はぁ〜?100グラム投げてもこの竿は平気だよ」と思えるくらいに分かってくるのである。

 

ひと昔前まではそんな表示は無い竿が当たり前だった。手に持ってみて、自分で考えて良い物と思えたら買っていた。

 

それが近年の釣りの世界では、この○○は○○。みたいなマニュアルばかりになっている。

 

 スズ○のワゴンRは近所の買い物に便利な車です!って聞いて、近所の買い物以外で使わないというのと一緒。 そんな人が居たらどうかしてるでしょ?

 

 トヨタのハイ○スは釣り具が沢山積めますから釣りに最高ですって聞いたら、釣りにしか使わない? ニッサンのGT○は高速道路で走ると性能が分かりますって聞いたらそれも高速道路用に買っちゃうの?

山道走るなら圧倒的にランド○ルーザーですよって言われたらそれも買っちゃう?

 女を乗せるからってラン○ルギー二も買っちゃうの? バカダヨネ〜。。

 

ワゴンRで高速道路は走れるし、釣りにだって行けるし、山道も走れる。自分の中身がちゃんとしてたら女も乗ってくれるって!!

 

車の例えは極端だけど、釣り具にもそういう一面があるのである。

 

○○用で○○が最適って書いてあるけど、これも出来るし、これもやれる。そういうがどの釣り竿も絶対にある。

 

唯一、幅はないよ、ちゃんと使わないとブッ壊れるよ、と言えるのは超高価なランクの鮎竿だ。あれは軽く長くを極限まで追求した竿だから、アレもしたら壊れる、これもしたら壊れるという竿なのである。

 

 

ただ、どんな竿も極端はイケない。1キロのオモリをキャストしたらキャスティングロッドは壊れますぞ!! ナニ?その極端が分からないって?

分かるまで折って折って、失敗して、身で覚えなさい!!残念だけど、実力を上げる方法はそれしか無いの!!

 折れるのが嫌、失敗もしたくない?だったらMAX60グラムの竿なら60グラムで守っていればいい。でも言っておく。君、違う所で必ず失敗するから。

 

竿は折って覚える。糸は切って覚える。それしか無いの。

 

 

 
夢へのパラレルワールド

 小学校低学年の頃だったと思う。爺さん婆さんの家に遊びに行くたびに弟を引き連れて行った釣具屋。
大して小遣いも持っていないのだから、そもそも何かを買うつもりはない。

今でいう大型釣り具店でもないし、個人で経営されている規模の釣具屋でもない。

昭和初期の木造家屋の軒先の畳1畳のスペースを仕切り、そこに釣り具が所狭しと並んでいた。左奥には、ハエ取り紙が吊るされた4畳間があって、そこにはボロのちゃぶ台がおいてあった。そこはそのお店の家族が生活している空間で、夏に行けば蚊取り線香や仏壇の線香の匂いしかしないような、よどんだ空間。船長の世界はその生活空間の右にある、たった1畳の中に詰め込まれていた。


 フナやコイを釣る道具、売り物として吊るされたビクや網。ルアーも少し置いてあって、興味津々だった。
ワームなどは昔のワームらしく、妙な匂いというのか、臭い匂いが僕の中でのワームだった。
 その1畳のスペースにお店の爺さんが座って対応してくれる。
コイを釣りたいから針をおくれ!そう言うと爺さんは後ろの棚から取り出してくれるのだ。
 
 今では有り得ない話しだが、小学生低学年でコイやソウギョという巨魚に狂っていた。大池という大きな池でだ。
池の縁は丸太を打ち込んだ素朴な作りで、その丸太の隙間にはタウナギが沢山いた。
巨魚を狙いながら、タウナギも釣りたくなった。
タウナギを釣りたいから針をおくれ!そう言っては通っていた。

あまりに小さく、質素で、素朴で、昭和家屋の裏道の奥にある、誰もそんな釣り具屋さんを知らないだろう。そう思ってきた。

弟と良太さんしか知らない釣り具屋のはずだった。

 先日、ひょんなことからその釣具屋を知っているらしきお客さんと遭遇した。

 記憶をたどって詳細を詰めていくとどうも間違いなさそうだった。

「牧野釣具店」という名前だったそうだ。

「黒船屋」ではなく、僕のパラレルワールドから名前をもらって、「牧野釣船」という名前に変えようかしら。。



 
 
失われた欲望 

 知らない方も多いかと思いますが・・・
良太さん、実は過去10年以上、雑誌に連載ページを持たせてもらっていました。 もう廃刊になってしまいましたが、「ハローフィッシング」と全国誌で今でもバリバリの人気雑誌「ソルトワールド」の2誌に関しては本当に長くお世話になりました。ハローフィッシングに関しては15年間、隔週での原稿を書く生活をしていました。

この2誌、担当の2名の方が良太さんを支えてくださったのは間違いありません。

我々がヨイショしてしまったから良太が変な人生になってしまった!!なんて思わせたくありませんから、冬の収入がない時期は隠れるように様々なアルバイトもしました。意地でも食っていけるようにならなきゃ!!それだけです。

 今ではその生活が懐かしく思え、雑誌の連載が無くなった悲しみもありながら、もう書かなくていいんだ〜という安堵に浮かれた自分が居た事も思い出します。
それからもう何年経ったのだろうか。。「もう書かなくていい」という浮かれた気持ちは消え、最近では「書きたい」という欲求が渦巻いている自分に気付いたのである。
恥ずかしい話し、自分の楽しみは読書であり、もう一つが自分のPC内で小説めいた事を猛然と書き殴る自分が居る。とても人様どころか誰にも見せられないけれど、「書きたい」という欲求を発散するには丁度いいのである。

 もう書きたくない!!と思ったのに、何年も時を経て、書きたいに変わる。なんとも不思議です。

一方、つくづく思うのは先にも書いたお世話になった2名の方々です。書く事を仕事として、ずっと書いているんですから、プロというしか他なりません。
 僕の書きたいという欲求は「遊びの範疇」。
今、僕が書いているものと言えば、生まれ故郷の地元新聞の月イチのコラムを持たせてもらっているだけなんですから。。

でも、書きたいんだなぁ。。

2名のプロの大先輩方から見たら、笑われてしまいますが、「良太さんの世間に物申す!」書きまくりますよ〜!!
 
 釣りの世界の不思議

長い事釣りをしている良太さんですが、未だに分からない問題があります。釣りばかりをやり続けて35年になります。それも、月に1度という程度の遊びではなく、ほぼ毎日釣りに関する事をやってきて、それでも分かりません。

例えばサーフィン。良太さんはやった事がありませんが、大好きなスポーツの一つです。カッコイイのもありますが、それよりも、サーフィンという遊び(スポーツ)のルールが好き。沢山のサーファーが波間に浮かんでいます。大きな波が来ました。みんな波に乗ろうと頑張ります、一つの波に3人4人と乗っているのを見たことがありますか?無いでしょう?これは、サーファーのルールというのがあって、一波一人しか原則として乗れないからです。
 つまり大勢がいる場所で初心者が波を待っていても、絶対に乗れない。上手な人がサッと乗ってしまうから。

山ではすれ違う人に挨拶するのがルールです。ま、富士山みたいに次から次へと擦れ違うんじゃ挨拶もしてられないでしょうが。。。

サーフィンも登山も毎年、事故が起きます。自然の中での遊びだから、遊園地のように無事故は無理。

釣りも一緒です。遊園地じゃないんだから、事故をゼロにするのは事実、絶対に無理。
 どうしても潜在的な危険に遭遇する可能性は排除できないんです。
サーファーが鮫に襲われるなんてその良い例です。

では、サーファーが波にさらわれて流されちゃうというのはどうか?釣り人が船から落ちちゃうというのはどうか?登山で滑って滑落しちゃうというのはどうか?

これは厳しい言い方ですが、不注意というしかない。

サーファーも登山者も、そういう不注意による事故というのはみんな認識していて、無いように努力するんです。潜在的には自分が遭遇するという確率があると知りながら、遊びに興じるている。

サーファーに救命胴衣を義務付けないのはなぜ?人間とサーフボードを繋ぐリーシュコードがあるから?あれは大事な時に限って切れると聞きます。
登山者全員に自己発信機を義務付けないのはなぜ?発信機があれば、捜索を何日もやる必要はなくなります。

釣りだけは陸から釣りをする時ですら救命胴衣の着用を勧められ、船等の浮かんだ物に乗る時は今や義務です。
もちろん、安全に関する事ですから異議がある訳じゃないんです。なんで釣りだけそうなるのかな〜っと。


何故なんだ??
 
 良太さんが一番怖いのは、救命胴衣を着た事による安心感からの慢心です。
自然相手に慢心が一番の凶器である事は疑いようのない事実。

ヘルメットを着用したからと言って、道に飛び出せば死にます。

 昔、少年の時に、「あそこの池はすり鉢状になってるから、ちょっと滑ったら這い上がれない。死ぬぞ」と言われ、その池は特に気を付けて釣りをしたもの。

 最近の釣りを見ていると、事故は自分には起きない、起きても大丈夫。そんな空気を感じます。

 
 
 アメフト事件の記者会見

超長い記者会見でした。
司会の人が「もう終わり!!質問打ち切り!!」と言っても記者が納得いかず、終わらない。挙句は「司会さん黙ってろよ!」なんて感じ。
それが何度も!! 相当、みんな納得いかないんだなっと感じました。

5月23日の記者会見、見ましたか?
コーチと言い、監督と言い、何たるか、まったくもって堂々としておらず、矛盾している回答ばかり。

これじゃ、イジメた側の少年が言い訳で、「イジメじゃないです、本当はあの子と仲良くしたかったんです!」と言ってるようなもの。

 全て上目目線で、「彼は凄い奴だ、期待してた、、、」 何言ってんの?

コーチに関してはもうビビりまくりの支離滅裂な回答。中でも、自分の進退に関しては最後の最後になるまで明言せず。呆れちゃう。

宮川選手の嘘のない堂々としたスッキリした回答と比べると、自分を守るために嘘に嘘を塗って、途中なんかは回答がおかしくなっちゃって・・・。

 本質は「一回目の異常な違反プレーでコーチが止めなかった事」

これが全てを物語っているでしょう。 コーチはヤバい事をすると容認していたんですから、これに尽きる。

 
 
  日大と関学大のアメフト事件。

日大のDLが関学大のQBに対して、明らかな違反行為が行われたこの事件。
 ボールを手放し、何もしていない所へ後ろから猛烈なアタックというこの違反行為によって関学大の選手は全治3週間の大けがを負った。

当初、良太さんは事件を知った直後、「何か個人的な恨み辛みがあったのだろうか?」と思いながら、それにしても・・・。と思った次第だ。

 それが日が経つにつれ、各メディアでは日大の内田正人監督の指示によって行われた蛮行であるのではないか?と報道され始めた。
もし、そのような事が事実であれば、これは状況が変わってくる。
 そもそも上司と部下という類において、社会人であれば上司に意見を述べるという事が恐れ多くて出来ないという人も多いはず(情けないネとは思うけど)。

それが今回は20歳そこそこの若者と、ブルドックの様な顔した60過ぎの怖い監督だ。
若者は選手として夢を一直線に追っているものだし、夢や目標が果たせるなら、どんなことだってやってしまうくらいの勢いがあるだろう。信頼する監督に言われた事は正しいものだ、と半ば洗脳されてしまうのも良く分かる。

 「相手のQBを潰せ」と言われ、出来ませんと言えばクビ。20歳そこそこの若者だったら信頼する監督の指示に疑念があったとしてもやるだろう。

 そして事件になった。

事件直後、日大のDL選手は控え室で声もはばからず泣いていたというじゃないか。疑念よりも、自分の一直線に追いかけるものを優先した負い目に襲われていたんだろう。
 
 事件の真相は監督と、今や加害選手となった日大のDL選手しか知らない。

 日大の一回目の説明はお粗末な程で、2回目の説明では監督が出てきたが、「私の責任です」を繰り返すのみで、違反行為を強要したのか、指示したのか、という事には一切触れずに「私の責任です」で終わってしまったのを見て、良太さんは確信したよ。
 主犯はコイツじゃないかよ!って。 まるで最近の言葉巧みに明言を避けて通ろうとする政治そのもの。
良太さんが政治に興味なくしたのも政治家が単なる狡賢いタヌキだと感じる事ばかりだからだ。

 信頼する監督を信じてやったのに、結果的にはノラリクラリと明言を避けて逃げ切った情けない監督の姿を日大の選手は見たはずだ。
そして、想像できないような落胆をしたはずだ。
 「僕の信じてきた監督は何なんだって。」

20歳そこそこの若者はこれ以上、老練のボスには何も言えまい。

 と、まあ、ここで終われば世の中の良くある桔梗屋と民衆の悲劇の物語であるが、良太さんが「物申す!」を立ち上げるキッカケになったのはこの直後の加害選手の行動だった。

 
 なんと、20歳そこそこの加害選手が実名顔出しで記者会見に挑んだのである。

 世の中からは卑怯な違反行為をして、相手に大けがをさせたと認識されている選手である。

良太さん、率直に思った。「やりおったな!!」

凄い奴だと思った。そして堂々とした会見だった。とても真似できない様な姿勢だった。

 そして「監督の指示であった事、やらなければクビと脅された事、この会見も止めろと言われた事」全てを正直に告白したのである。

彼の名前は日大DL宮川泰介選手(20)。

 自分の顔や名前が世間に晒し者になったとしても、許せない思いに決着を付けたかったのだろう。

実際、こういう状況の時に、こういう行動をとれる人間は少ない。ま、様々な経験をし、辛苦を体験した老練な人間であれば出来るであろうが、何度も言うが20歳そこそこの若者である。良い言い方をすれば、何でも呑み込める年頃。悪い言い方をすれば、異を異と言えない年頃だ。ま、幾つになってもトラブルを広げたくない思いで、異を異と言えない人も居て、こいつはどうか・・・。という人も居るが。。


会見を聞いて、とてもスッキリした。
嘘のない話しというのはスッキリしている。彼に嘘はないだろう。

正直に話した。そして、このスポーツを辞めると言った。
どこかのアイドルグループのメンバーは「戻れる席があるなら戻りたい」という甘えた考えをしていた一方、この宮川選手の行動と言動は日本人の鏡だと思うのである。

宮川選手の勇気をどこかで感じた事があった。

パラオ諸島のペリリュー島や、トラック諸島のモエン島で釣りをした時、日本軍の戦艦やゼロ戦が沈んでいた。激戦地である。当時、現地で上官の指示で戦っていたのは紛れもない20歳そこそこの若者であり、残された手紙の内容に感動した。こんな手紙が書けるのかと。
山口県の徳山駅で掲示してあった手紙。それは人間魚雷「回天」の実験基地があった徳山に残された若者の手紙であった。
 気持ちに嘘のない、気持ちのこもった手紙であった。
すべて上官を信じて散っていった人達である。
その時、異を唱えれば「反逆者」であり、憲兵に酷い目に遭わされていただろう。

しかし、もし、本音を許されるなら、彼らはなんと言っただろうか。

宮川選手の勇気を見て、本当に男らしさを感じ、今の日本を思うのである。

こういう事を忘れて、汚い大人になっちゃいけない。そう思い続けたい。そういう仲間がもっともっと集まりますように。  2018.5.22